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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)11851号 判決 1980年1月29日

主文

一  被告は原告に対し、金九二万円及び昭和五三年一二月八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告にその余を被告の各負担とする。

四  この判決は第一項の原告勝訴の部分に限り仮りに執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、金二七六万円及びこれに対する昭和五三年一二月八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第一項につき仮執行宣言。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

(請求の原因)

一  訴外小泉三五郎(以下「訴外三五郎」という)は、被告に対し昭和三二年頃、別紙目録記載の建物(以下「本件建物」という)を賃料一カ月金二万円、毎月末日払い、使用目的工場倉庫として期限の定めなく賃貸した。右賃料は昭和五〇年一月分以降一ヵ月金六万円に増額された。

二  訴外三五郎は昭和五一年一月三一日死亡し、原告は同年二月一八日本件建物を遺贈を原因として所有権移転登記手続をなし、本件建物の賃貸人たる地位を承継した。

三  被告は昭和五〇年一月以降昭和五三年一〇月分までの賃料を支払わない。

四  よつて原告は被告に対し、右延滞賃料合計金二七六万円及び本訴状送達の翌日である昭和五三年一二月八日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(請求原因に対する答弁)

一  請求原因第一項中、当初から賃料として月額二万円と決められたこと及び昭和五〇年一月分以降の賃料が一カ月金六万円に増額されたことはいずれも否認し、その余の事実は認める。

二  同第二項中、三五郎が昭和五一年一月三一日死亡したことは認めるが、その余は否認する。

三  同第三項は否認する。

(被告の主張)

一(1)  被告が本件建物を借り受けるについて当初から訴外三五郎との間で賃料額についてはつきりとしたとりきめをしたわけではなく、右三五郎と被告の代表者との間の身分関係、本件建物の修繕、改造費の負担及び長年の間未使用の状態が続いていたこと、娘婿として右三五郎に小遣程度の金銭を贈与する意味を含めて、月額金二万円ということで支払うことにしてきたものである。

(2)  原告とその家族が昭和四九年一月中旬頃、訴外三五郎に対し財産の贈与、遺贈を強制し暴力を用いて傷害を与えたこと等から、訴外小椋みよ(以下「小椋みよ」という)は同年一月二三日、右三五郎を小椋宅に連れて療養、看護するようになり、右小椋みよと訴外小椋力男はその看護費用の支払いにあてるため被告からその協力を得ることにし、前記の金二万円のほかに、右費用分にあてる目的で一カ月金四万円を加算した六万円にして、昭和四九年一月から一カ月金六万円を支払うことにしたものであつて、金二万円をこえる金員は実質賃料ではない。

(3)  訴外三五郎は昭和四九年一二月末頃、小椋みよ方から原告方に転居したが、被告は右三五郎生存中は同人に対する従前の関係から療養費、小遣としてこれを贈与することにし、減額処理をしないで会計処理をしてきた。

二  原告は昭和五一年二月一八日本件建物を含む訴外三五郎の遺産につき、昭和四九年一月二二日作成の遺言公正証書にもとづき遺贈を原因とする所有権移転登記手続をなしたが、昭和四九年三月五日、右三五郎が自筆証書遺言によつて右遺言を取消したものであるから、右遺贈は無効であり、原告は本件建物の所有者でもなく賃貸人の地位の承継者でもない。

三  被告は昭和五〇年一月から同五一年一月まで名目賃料一カ月金六万円宛を、訴外三五郎の代理受領者である小椋みよに支払い、小椋みよはこれを右三五郎に引渡していた。三五郎は昭和五一年一月三一日死亡したので、同年二月一日以降については実質上、生活扶助の性格をもつ金四万円については被告においてこれを払う必要はないものであるが、被告は経理上会計から従前と同じように小椋みよに支払つてきたものである。

被告が三五郎の相続人に支払うべき金員は、被告が小椋みよに支払つた一カ月金六万円のうちの二万円である。

しかも三五郎の相続人の大部分は小椋みよに右金二万円を引渡したことについて同意しているから、原告のみがこれを請求するのは理由がない。

(被告の主張に対する原告の認否及び反論)

一  被告の主張第一項について

(1) 被告と訴外三五郎との間で賃料額について当初からはつきりしたとり決めをしていないとの点は否認する。三五郎と被告代表者との身分関係、本件建物の修繕、改造費の負担及び長年の未使用状態が続いたとの点、娘婿として三五郎に対して小遣程度の金銭を贈与するとの意味を含めて月額二万円にしたとの点は否認する。

三五郎と被告とは昭和三二年頃賃料として月額二万円と定めたものであり、被告自ら会計帳簿上及び税金申告上も賃料として計上している。

(2) 原告とその家族が三五郎に対し、財産の贈与、遺贈を強制し、暴力を用いて傷害を与えたこと等の点は否認する。小椋みよが昭和四九年一月二三日、三五郎を小椋宅に連れて行つたことは認めるが、療養、看護をした点は否認する。小椋みよ、小椋力男が三五郎の看護費用の支払にあてるため、被告から協力を得ることにし、右費用にあてる目的で昭和四九年一月から一ヵ月金四万円を加算して六万円にして小椋みよに支払つたとの点は不知。三五郎と被告との関係は、本件建物の賃貸とその対価である賃料の受領の関係であり、三五郎は被告から何ら看護を受けるべき関係になく、被告が三五郎の看護の協力をする筋合いはない。月額六万円は、本件建物の賃料であり、それ故被告の会計帳簿および税金申告上も賃料として計上しているのである。更に小椋みよは賃料を受領する権限はない。

(3) 三五郎が昭和四九年一二月末、原告方に帰つてきたことは認めるが、被告が三五郎生存中は療養費、小遣として贈与することにしてきたとの点は否認する。このことは被告が本来三五郎に対し療養費、小遣を贈与する筋合いはないこと、三五郎に対し昭和五〇年一月以降の月額六万円の賃料が支払われていないこと、昭和五一年一月三一日三五郎死亡後何ら療養費等を減額する旨の主張もないことから真実でないことは明らかである。

二  被告の主張第二項について

三五郎が死亡し原告が本件建物を遺贈を原因として所有権移転登記したことは認める。右遺贈が無効であるとの主張は争う。被告は三五郎が自筆証書遺言によつて本件建物の遺贈原因である遺言は取消された旨主張するが、右自筆証書遺言書には文字の加除があるにもかかわらず、加除変更の方式がとられておらず、右遺言書は要件を充足しておらず無効である。

三  被告の主張第三項について

三五郎死亡後も被告が小椋みよに金六万円を引渡したとの点は不知。被告が三五郎の相続人に支払うべきとの点及びそれが金二万円であるとの点は否認する。被告は本件建物の所有権を取得し賃貸人たる地位を承継した原告に対して賃料を支払うべきものであり、他の相続人に支払うべきものではない。

第三  証拠(省略)

理由

第一  原告が本件建物につき賃貸人たる地位を承継したか否かにつき判断する。

一  訴外小泉三五郎が被告に対し、昭和三二年頃本件建物を毎月末日払、使用目的、工場倉庫として期限の定めなく賃貸し、被告は昭和三二年から同四八年一二月まで月二万円を支払つてきたこと、三五郎は昭和五一年一月三一日死亡し、原告は昭和四九年三月五日、三五郎の遺言に基づき本件建物につき同五一年二月一八日遺贈を原因として所有権移転登記手続をしたことはいずれも当事者間に争いがない。

二  右事実によれば、原告は本件建物を三五郎から遺贈を受け移転登記手続をしたことにより、同建物の賃貸人たる地位を承継したものと解せられるところ、被告は右三五郎が昭和四九年三月五日自筆証書遺言によつて遺贈登記の原因となつた前記遺言を取消したので右遺贈は無効である旨主張する。

証人小椋みよの証言及び同証言により成立の真正が認められる乙第一号証の二によれば、三五郎が自筆証書遺言を作成したものと認められ、右遺言書には「従前に作成した遺言を取消す」旨の記載がある。

ところで自筆証書遺言中、文字の加除がなされている場合には必ず「加除の場所を指示」したうえ「これを変更した旨を附記」して「特にこれに署名」し、かつ「その変更の場所に印を押さなければ」ならない。(民法九六八条二項)。遺言の撤回が遺言でなされている場合についても、文字の加除については右方式をとることを要するところ、右自筆証書遺言中に文字の加除がなされているにもかかわらず、右方式がとられていないので、右遺言書は無効である。

従つて遺言の撤回はなされていないことになり、遺言の撤回を前提とする被告の主張は理由がない。

以上によれば、原告は三五郎から本件建物の遺贈を受けることにより、右建物につき賃貸人たる地位を承継したものと解せられる。

第二  次に賃料債権の額につき検討する。

一  原告本人尋問の結果によれば、被告が本件建物を三五郎から借りて使用していた昭和三二年頃、三五郎は右建物と同じ敷地内に別棟の長屋を所有しており、家賃の収入があつたものの、六二、三歳で無職であつたこと、当時三五郎と一緒に住んでいたのは原告であつたこと、原告は当時被告から本件建物の賃料として月二万円が三五郎に支払われていたことを同人から聞いていたことが認められ、右認定に反する被告本人尋問の結果は措信しがたく他に右認定を左右する証拠はない。

右事実によれば月二万円は本件建物の賃料であると解するのが相当である。

二  昭和五〇年一月以降同五三年一〇月までの賃料が月六万円であることは、本件全証拠によるもこれを認めるに足りず、かえつて証人小椋みよの証言(ただし後記措信しない部分を除く)、原告本人尋問の結果及び被告代表者尋問の結果(ただし後記措信しない部分を除く)によれば、被告代表者小椋力男は原告宅で生活していた三五郎を昭和四九年一月二三日、右小椋宅に連れて行き、同年一二月末まで一緒に生活したこと、その間三五郎の扶養に金がかかり、被告が三五郎に支払つてきた前記月二万円の賃料では三五郎を扶養できないため、更に四万円を被告の協力を得て追加したこと、三五郎が同年一二月末、原告のもとに帰宅した際、昭和五〇年一月以降については月四万円を減額し月二万円にすべきところ、減額処理をしない会計処理が行なわれてきたこと、三五郎の死後は会社の帳簿上支払つたことにして被告代表者が被告から受領していたこと、原告は三五郎を原告宅に引取つて以来、被告から賃料を一切受領していないこと、被告は昭和五四年一月に本件建物を明渡したこと、以上の事実が認められ右認定に反する証人小椋みよの証言及び被告代表者尋問の結果は措信しがたく、他に右認定を左右する証拠はない。

右事実によれば被告は三五郎を引き取つて共に生活した昭和四九年一月以降同年一二月まで実質賃料として月二万円に、実質は扶養料、名目は賃料として月四万円を追加した合計六万円を小椋みよに渡し、同人が三五郎との生活により増加した生活費に費消したものであり、従つて三五郎が原告のもとに帰宅した以後である昭和五〇年一月以降の賃料は月二万円であると解するのが相当である。

三  昭和五〇年一月以降同五一年一月までの賃料債権については、三五郎が被告より受領せず死亡したため、右債権については本件建物につき遺贈を受けた原告が取得するものと解するのが相当である。

第三  以上によると、原告の本訴請求は被告に対し昭和五〇年一月以降同五三年一〇月分までの月額二万円の賃料合計九二万円の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

目録

墨田区墨田二丁目一、三二四番地所在

家屋番号 五八一番

木造瓦葺二階建店舗兼居宅

一階 八〇・一六平方メートル

二階 五二・八九平方メートル

のうち一階三七・一二平方メートル

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